関係する人物
原文
進部曲將吳匡、張璋,素所親幸,在外聞進被害,欲將兵入宮,宮閤閉。袁術與匡共斫攻之,中黃門持兵守閤。會日暮,術因燒南宮九龍門及東西宮,欲以脅出讓等。讓等入白太后,言大將軍兵反,燒宮,攻尚書闥,因將太后、天子及陳留王,又劫省內官屬,從複道走北宮。尚書盧植執戈於閣道窗下,仰數段珪。段珪等懼,乃釋太后。太后投閣得免。
日本語対訳
何進の部曲将である呉匡と張璋は、以前から何進に親しく重用されていた。宮外で何進が殺されたと聞き、兵を率いて宮中へ入ろうとしたが、宮門は閉じられていた。袁術は呉匡と共に宮門を斧で攻撃し、中黄門は武器を持って門を守った。日暮れになると、袁術は南宮の九龍門と東西の宮殿を焼き、張讓らを脅して出そうとした。張讓らは何太后に、大将軍の兵が反乱し、宮殿を焼いて尚書台の門を攻めていると申し上げた。そして何太后・天子・陳留王を連れ、省内の官属も人質にし、複道を通って北宮へ逃げた。尚書の盧植は閣道の窓の下で戈を持ち、見上げて段珪の罪を数え立てた。段珪らは恐れ、何太后を解放した。何太后は楼閣から身を投じて逃れることができた。
術將虎賁燒南宮嘉德殿青瑣門,欲以迫出珪等。珪等不出,劫帝及帝弟陳留王走小平津。
時紹勸進便可於此決之,至于再三,而進不許,令紹使洛陽方略武吏檢司諸宦者,又令紹弟虎賁中郎將術選溫厚虎賁二百人,當入禁中,代持兵黃門陛守門戶。