188年 - 189年

西園八校尉と宮廷政変

陳琳ちんりん

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外兵召集を諫める大将軍府主簿

何進・袁紹派

武器の柄を他人へ渡して乱を招く策だと諫めたが、採用されなかった。

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原文

紹等又為畫策,多召四方猛將及諸豪傑,使並引兵向京城,以脅太后。進然之。主簿陳琳入諫曰:「易稱『即鹿無虞』,諺有『掩目捕雀』。……大兵聚會,彊者為雄,所謂倒持干戈,授人以柄,功必不成,秖為亂階。」進不聽。遂西召前將軍董卓屯關中上林苑,又使府掾太山王匡東發其郡強弩,并召東郡太守橋瑁屯城皋,使武猛都尉丁原燒孟津,火照城中,皆以誅宦官為言。
日本語対訳

袁紹らは四方の猛将と豪傑を多数召し、兵を京城へ向かわせて何太后を威圧する策を立て、何進は同意した。陳琳は『易経』を引き、大軍が集まれば強者が主導権を握り、武器の柄を他人へ渡して乱を招くと諫めたが、採用されなかった。何進は董卓・王匡・橋瑁・丁原らへ動員を命じた。