199年 - 200年 官渡の戦い 展開08 許攸の曹操陣営投奔 出来事に戻る 審配が許攸の家族を拘束したことを機に、許攸は袁紹のもとを離れた。曹操へ烏巣の兵糧拠点を急襲するよう勧め、荀攸と賈詡も実行を支持した。 関係する人物 曹操勢力 曹操曹操軍の総指揮官荀攸曹操軍の軍師許攸曹操陣営への投奔者賈詡曹操軍の参謀 袁紹勢力 審配袁紹軍の後方責任者 原文 陳寿本文巻十 荀彧伝・許攸の投奔 審配以許攸家不法,收其妻子,攸怒叛紹。 日本語対訳審配は許攸の家族が法を犯したとして、その妻子を拘束した。許攸は怒り、袁紹に背いた。 陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・許攸が烏巣襲撃を勧める 冬十月,紹遣車運穀,使淳于瓊等五人將兵萬餘人送之,宿紹營北四十里。紹謀臣許攸貪財,紹不能足,來奔,因說公擊瓊等。左右疑之,荀攸、賈詡勸公。 日本語対訳冬十月、袁紹は兵糧を運ばせ、淳于瓊ら五人に一万余の兵を率いさせて護衛させ、袁紹の本営から北へ四十里の地点に宿営させた。袁紹の参謀だった許攸が曹操のもとへ来て、淳于瓊らを攻めるよう勧めた。周囲は疑ったが、荀攸と賈詡は曹操に実行を勧めた。
陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・許攸が烏巣襲撃を勧める 冬十月,紹遣車運穀,使淳于瓊等五人將兵萬餘人送之,宿紹營北四十里。紹謀臣許攸貪財,紹不能足,來奔,因說公擊瓊等。左右疑之,荀攸、賈詡勸公。 日本語対訳冬十月、袁紹は兵糧を運ばせ、淳于瓊ら五人に一万余の兵を率いさせて護衛させ、袁紹の本営から北へ四十里の地点に宿営させた。袁紹の参謀だった許攸が曹操のもとへ来て、淳于瓊らを攻めるよう勧めた。周囲は疑ったが、荀攸と賈詡は曹操に実行を勧めた。