199年 - 200年

官渡の戦い

展開05

官渡での対陣と陣地攻防

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官渡へ迫った袁紹軍との正面戦で不利となり、曹操軍は陣を固めた。袁紹軍が櫓・土山から矢を浴びせ、地下道を掘って迫ると、曹操軍は投石車と長い壕で対抗した。

関係する人物

曹操勢力

袁紹勢力

原文

太祖還官渡。沮授又曰:「北兵數衆而果勁不及南,南穀虛少而貨財不及北;南利在於急戰,北利在於緩搏。宜徐持久,曠以日月。」紹不從。連營稍前,逼官渡,合戰,太祖軍不利,復壁。
日本語対訳

曹操は官渡へ戻った。沮授は袁紹に、北軍は人数が多い一方で勇猛さでは南軍に及ばず、南軍は兵糧と物資で北軍に及ばないため、長期戦にすべきだと説いた。袁紹は従わず、陣営を連ねて官渡へ迫った。戦うと曹操軍は不利となり、陣へ戻って守りを固めた。

紹進保陽武。八月,紹連營稍前,依沙塠為屯,東西數十里。公亦分營與相當,合戰不利。
日本語対訳

袁紹は陽武へ進んで陣を置いた。八月、陣営を連ねて少しずつ前進し、砂の丘に沿って東西数十里にわたり駐屯した。曹操も陣を分けて対抗したが、戦うと不利だった。

紹為高櫓,起土山,射營中,營中皆蒙楯,衆大懼。太祖乃為發石車,擊紹樓,皆破,紹衆號曰霹靂車。紹為地道,欲襲太祖營。太祖輒於內為長塹以拒之。
日本語対訳

袁紹軍は高櫓を設けて土山を築き、曹操軍の陣へ矢を射かけた。陣中の兵は盾で身を覆い、ひどく恐れた。曹操は投石車を作らせて櫓を壊し、袁紹軍はこれを霹靂車と呼んだ。袁紹軍が地下道で曹操の陣を襲おうとすると、曹操軍は内側に長い壕を掘って防いだ。