189年 - 191年

董卓専横と反董卓連合

展開24

滎陽汴水の曹操敗戦

出来事に戻る

曹操軍は徐栄軍と戦って大きな損害を受け、曹操は負傷したが曹洪の馬で脱出した。

関係する人物

董卓政権・董卓軍

袁紹盟主系の関東諸軍

曹操義兵

原文

遂引兵西,將據成臯。邈遣將衞茲分兵隨太祖。到熒陽汴水,遇卓將徐榮,與戰不利,士卒死傷甚多。太祖爲流矢所中,所乘馬被創,從弟洪以馬與太祖,得夜遁去。榮見太祖所將兵少,力戰盡日,謂酸棗未易攻也,亦引兵還。
日本語対訳

曹操は兵を率いて西へ進み、成皋を占拠しようとした。張邈は将の衛茲に兵を分け、曹操へ従わせた。滎陽の汴水へ到着すると、董卓配下の将である徐栄と遭遇し、戦いは不利となって兵士の死傷者が非常に多かった。曹操は流れ矢に当たり、乗馬も傷ついた。従弟の曹洪が自分の馬を曹操へ与えたため、曹操は夜に逃れることができた。徐栄は、曹操の兵が少ないのに一日中力戦したのを見て、酸棗は容易には攻められないと判断し、自軍も引き返した。