189年 - 191年 董卓専横と反董卓連合 展開37 劉表の荊州基盤形成 蔡瑁徳珪さいぼう 出来事に戻る 荊州統治を相談された襄陽の名士劉表の荊州政権 劉表に招かれ、蒯良・蒯越とともに着任直後の統治策を相談された。 伝 蔡瑁に関連する出来事一覧 原文 裴注之引用書・戦略巻六 劉表伝・劉表と荊州有力者の協議 劉表之初爲荊州也,江南宗賊盛,袁術屯魯陽,盡有南陽之衆。吳人蘇代領長沙太守,具羽爲華容長,各阻兵作亂。表初到,單馬入宜城,而延中廬人蒯良、蒯越、襄陽人蔡瑁與謀。 日本語対訳司馬彪の『戦略』によれば、劉表が荊州を治め始めた時、江南では宗賊が盛んであり、袁術は魯陽へ駐屯して南陽の兵力をすべて掌握していた。呉郡出身の蘇代は長沙太守を務め、具羽は華容県長で、それぞれ兵力を頼みに自立していた。劉表は着任すると一騎だけで宜城へ入り、中廬の蒯良・蒯越と襄陽の蔡瑁を招いて対策を相談した。
裴注之引用書・戦略巻六 劉表伝・劉表と荊州有力者の協議 劉表之初爲荊州也,江南宗賊盛,袁術屯魯陽,盡有南陽之衆。吳人蘇代領長沙太守,具羽爲華容長,各阻兵作亂。表初到,單馬入宜城,而延中廬人蒯良、蒯越、襄陽人蔡瑁與謀。 日本語対訳司馬彪の『戦略』によれば、劉表が荊州を治め始めた時、江南では宗賊が盛んであり、袁術は魯陽へ駐屯して南陽の兵力をすべて掌握していた。呉郡出身の蘇代は長沙太守を務め、具羽は華容県長で、それぞれ兵力を頼みに自立していた。劉表は着任すると一騎だけで宜城へ入り、中廬の蒯良・蒯越と襄陽の蔡瑁を招いて対策を相談した。