189年 - 191年 董卓専横と反董卓連合 展開12 中牟拘束と釈放 出来事に戻る 曹操は中牟で疑われて拘束されたが、県内で正体を知る者の取りなしにより釈放された。 関係する人物 曹操義兵 曹操中牟で拘束される逃亡者 原文 陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・武帝紀・中牟での拘束と釈放 出關,過中牟,為亭長所疑,執詣縣,邑中或竊識之,為請得解。 日本語対訳曹操は関を出て中牟を通った際、亭長に疑われて拘束され、県へ送られた。県内でひそかに正体を知る者が釈放を願い出たため、解放された。 裴注之引用書・世語巻一 武帝紀・曹操・武帝紀・裴注引『世語』中牟での釈放 中牟疑是亡人,見拘於縣。時掾亦已被卓書;唯功曹心知是太祖,以世方亂,不宜拘天下雄儁,因白令釋之。 日本語対訳『世語』によれば、中牟では曹操を逃亡者と疑って拘束した。董卓の手配書が届いていたが、功曹だけは曹操だと知り、乱世に天下の俊英を拘束すべきでないと県令へ申し上げ、釈放させた。
陳寿本文巻一 武帝紀・曹操・武帝紀・中牟での拘束と釈放 出關,過中牟,為亭長所疑,執詣縣,邑中或竊識之,為請得解。 日本語対訳曹操は関を出て中牟を通った際、亭長に疑われて拘束され、県へ送られた。県内でひそかに正体を知る者が釈放を願い出たため、解放された。
裴注之引用書・世語巻一 武帝紀・曹操・武帝紀・裴注引『世語』中牟での釈放 中牟疑是亡人,見拘於縣。時掾亦已被卓書;唯功曹心知是太祖,以世方亂,不宜拘天下雄儁,因白令釋之。 日本語対訳『世語』によれば、中牟では曹操を逃亡者と疑って拘束した。董卓の手配書が届いていたが、功曹だけは曹操だと知り、乱世に天下の俊英を拘束すべきでないと県令へ申し上げ、釈放させた。