192年 - 196年 董卓暗殺と後漢朝廷の流転 展開11 張済の調停と献帝脱出 出来事に戻る 楊奉らの離反で弱った李傕は張済の調停を受け入れ、献帝は長安を出て新豊・霸陵へ進んだ。 関係する人物 後漢朝廷 劉協長安を出る後漢皇帝楊奉李傕に離反する将 董卓旧軍・李傕政権 李傕調停を受ける政権指導者郭汜調停を受ける内戦当事者張済両軍を和解させる仲介者宋果李傕暗殺を計画する軍吏 原文 陳寿本文巻六 董卓伝・張済の調停と献帝脱出 傕將楊奉與傕軍吏宋果等謀殺傕,事泄,遂將兵叛傕。傕衆叛,稍衰弱。張濟自陝和解之,天子乃得出,至新豐、霸陵間。 日本語対訳李傕の将である楊奉は、李傕軍の官吏・宋果らと李傕を殺そうと計画した。計画が漏れると、楊奉は兵を率いて李傕に背いた。李傕の兵は離反し、勢力は次第に弱まった。張済が陝から来て李傕と郭汜を和解させたため、天子は長安を出て新豊・霸陵の間まで進むことができた。
陳寿本文巻六 董卓伝・張済の調停と献帝脱出 傕將楊奉與傕軍吏宋果等謀殺傕,事泄,遂將兵叛傕。傕衆叛,稍衰弱。張濟自陝和解之,天子乃得出,至新豐、霸陵間。 日本語対訳李傕の将である楊奉は、李傕軍の官吏・宋果らと李傕を殺そうと計画した。計画が漏れると、楊奉は兵を率いて李傕に背いた。李傕の兵は離反し、勢力は次第に弱まった。張済が陝から来て李傕と郭汜を和解させたため、天子は長安を出て新豊・霸陵の間まで進むことができた。