192年 - 196年

董卓暗殺と後漢朝廷の流転

展開01

王允・呂布らの暗殺計画

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王允董卓の害と簒奪の兆しを見て暗殺を計画し、董卓に殺されかけて恨みを抱き、侍女との密通発覚を恐れた呂布を内応へ引き入れた。

関係する人物

後漢朝廷

董卓旧軍・李傕政権

呂布勢力

原文

卓自以遇人無禮恐人謀己行止常以布自衞然卓性剛而褊忿不思難嘗小失意拔手戟擲布布拳捷避之爲卓顧謝卓意亦解由是陰怨卓卓常使布守中閤布與卓侍婢私通恐事發覺心不自安
日本語対訳

董卓は人への扱いが無礼で、襲撃を恐れて常に呂布を護衛とした。しかし短気な董卓は、わずかに意に沿わないことがあると手戟呂布へ投げつけた。呂布は素早く避けて謝り、董卓の怒りも解けたが、これを機にひそかに恨みを抱いた。また呂布董卓の奥の門を守る間に侍女と密通し、発覚を恐れて心が安まらなかった。

先是司徒王允以布州里壯健厚接納之後布詣允陳卓幾見殺狀時允與僕射士孫瑞密謀誅卓是以告布使爲內應布曰「奈如父子何」允曰「君自姓呂本非骨肉今憂死不暇何謂父子」布遂許之手刃刺卓語在卓傳
日本語対訳

これより前、司徒王允は同じ州出身で勇壮な呂布を厚く迎えていた。呂布王允を訪ね、董卓に殺されかけた事情を話すと、士孫瑞董卓暗殺を密議していた王允は内応を求めた。呂布が父子同然の関係を気にすると、王允は、姓も異なり血縁ではなく、いま死を恐れているのに父子と言えるのかと説いた。呂布は承諾し、自ら董卓を刺した。