王允は董卓の害と簒奪の兆しを見て暗殺を計画し、董卓に殺されかけて恨みを抱き、侍女との密通発覚を恐れた呂布を内応へ引き入れた。
原文
允見卓禍毒方深,篡逆已兆
日本語対訳王允は、董卓がもたらす災いがますます深まり、帝位を奪う兆しもすでに現れていると見た。
卓自以遇人無禮,恐人謀己,行止常以布自衞。然卓性剛而褊,忿不思難,嘗小失意,拔手戟擲布。布拳捷避之,爲卓顧謝,卓意亦解。由是陰怨卓。卓常使布守中閤,布與卓侍婢私通,恐事發覺,心不自安。
日本語対訳董卓は人への扱いが無礼で、襲撃を恐れて常に呂布を護衛とした。しかし短気な董卓は、わずかに意に沿わないことがあると手戟を呂布へ投げつけた。呂布は素早く避けて謝り、董卓の怒りも解けたが、これを機にひそかに恨みを抱いた。また呂布は董卓の奥の門を守る間に侍女と密通し、発覚を恐れて心が安まらなかった。
先是,司徒王允以布州里壯健,厚接納之。後布詣允,陳卓幾見殺狀。時允與僕射士孫瑞密謀誅卓,是以告布使爲內應。布曰:「奈如父子何!」允曰:「君自姓呂,本非骨肉。今憂死不暇,何謂父子?」布遂許之,手刃刺卓。語在卓傳。
日本語対訳これより前、司徒の王允は同じ州出身で勇壮な呂布を厚く迎えていた。呂布が王允を訪ね、董卓に殺されかけた事情を話すと、士孫瑞と董卓暗殺を密議していた王允は内応を求めた。呂布が父子同然の関係を気にすると、王允は、姓も異なり血縁ではなく、いま死を恐れているのに父子と言えるのかと説いた。呂布は承諾し、自ら董卓を刺した。
三年四月,司徒王允、尚書僕射士孫瑞、卓將呂布共謀誅卓。是時,天子有疾新愈,大會未央殿。