192年 - 196年

董卓暗殺と後漢朝廷の流転

王允子師おういん

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董卓部曲の処遇を決める司徒

後漢朝廷

王允は、董卓の部曲に罪はないとして正式な赦免令を出す案を取りやめ、呂布が求めた財物分配も退けた。 王允は董卓部曲の処遇を決める司徒

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原文

允初議赦卓部曲,呂布亦數勸之。既而疑曰:「此輩無罪,從其主耳。今若名為惡逆而特赦之,適足使其自疑,非所以安之之道也。」呂布又欲以卓財物班賜公卿、將校,允又不從。
日本語対訳

王允は当初、董卓の部曲に正式な赦免令を出すことを検討し、呂布もたびたび勧めた。しかし王允は、「彼らにはもともと罪がなく、旧主の董卓に従っただけだ。それなのに反逆者と位置づけたうえで特別に赦免すれば、自分たちが罪を問われているのではないかと、かえって疑わせる。これは彼らを安心させる方法ではない」と考え、赦免令を出す案を取りやめた。呂布は董卓の財物を公卿や将校へ分け与えることも求めたが、王允はこの提案にも従わなかった。